実子誘拐を黙殺する日本のメディア|上條まゆみ

実子誘拐を黙殺する日本のメディア|上條まゆみ

「私の子供たちは日本で誘拐されています」。メダルラッシュに沸いた東京オリンピックの陰で、命がけのハンストを行っていたフランス人男性、ヴィンセント・フィショ氏。BBCをはじめ、海外メディアが続々とこの問題を報道するなか、日本のメディアは「報道しない自由」を行使。日本の司法は腐っているが、日本のメディアも腐っている――。


私の子どもたちが日本で誘拐された

Getty logo

日本在住のフランス人男性、ヴィンセント・フィショ氏は、2021年7月10日から30日まで21日間にわたり、オリンピックスタジアム近くのJR千駄ヶ谷の駅前でハンガーストライキを行った。

ヴィンセント氏が命を賭けて訴えたのは、妻に連れ去られた子どもとの再会である。ヴィンセント氏によると、彼の妻は2018年8月、彼に無断で、当時3歳と1歳の子どもを連れて家を出て行った。

ヴィンセント氏が来日したのは15年前、24歳のとき。金融機関の駐在員として東京にやってきて、同い年の日本人女性と知り合った。意気投合して結婚し、2015年には長男が誕生。ヴィンセント氏が公開しているHPによれば、出産後、妻は家事や育児を放棄するようになり、夫婦仲が悪くなった。その後、妻はヴィンセント氏に無断で、不妊治療の際に冷凍保存してあった精子を利用して2人目を出産。ヴィンセント氏は妻に離婚をもちかけたが、妻は拒否した。

そんなある日、ヴィンセント氏が仕事から帰ると、家の中はもぬけのから。家財道具も車も、妻子の姿も消えていた。

「警察に行き、子どもの誘拐を訴えましたが、何の協力も得られませんでした。それどころか、私が子どもを連れ戻そうとすれば、誘拐罪で逮捕するとまで言われてしまいました。弁護士にも相談しましたが、いったん連れ去られてしまえば子どもに会えなくなってしまうのが日本の現実だ、と……」

その後、ヴィンセント氏の弁護士と妻側の弁護士が協議した。「子どもに会わせてほしい」という彼の訴えに、妻側の弁護士は「自身のDVを認めれば会わせるが、認めなければ会わせない」と言ってきた。

ヴィンセント氏は、DVなどしていない。だから、DVを認めなかった。実際、その後の調停でヴィンセント氏のDVはなかったとされ、妻側も主張を撤回している。

調停では、子どもの監護者指定をめぐる話し合いがもたれた。連れ去りによって妻が子どもの監護を行っている現状があることから、「継続性の原則」が適用され、子どもの監護者は妻に指定された。妻はヴィンセント氏に子どもを会わせることを拒否しており、司法もそれを許している。現在は離婚裁判中である。

今日までおよそ3年間、ヴィンセント氏は子どもに会えていない。

実子誘拐を容認する日本の司法

なぜヴィンセント氏は子どもに会えないのか。

家事事件にくわしい栗原務弁護士は、
「その背景には、日本における法制度の不備と裁判所の不適切な運用実務がある」と言う。

日本は、離婚をした際に片方の親だけが親権をもつ単独親権制度を採用している。しかし、離婚後、どちらの親が親権を得るのかについての基準は法制化されていない。また、離婚前に子どもの監護者の指定が問題となる場合も、どちらの親を監護者として指定すべきかについての基準は法制化されていない。

その法の不備を裁判所の裁量的判断が埋めているが、裁判所における親権者または監護者の判定においては「現在、どちらの親が子どもと暮らしているか」という点が重視され、子どもが片親と暮らさなくなった経緯(同意に基づく別居か、連れ去りによる別居か等)の当否や、子どもと暮らしている親の都合により他方の親と子どもの関係が断絶されていることの当否等が軽視されている。

つまり、先に子どもを連れ去り、子どもを引き離した側が有利となる。

そもそも、片方の親の同意なく一方的に子どもを連れ去る行為は未成年者誘拐罪にあたる。しかし、なぜかそれは不問に付され、連れ去られた子どもを連れ戻す行為は未成年者誘拐罪として逮捕されてしまう。

子どもと引き離された親が、子どもと交流し続けることを担保する手続きがないという問題もある。裁判所が面会交流を認めても、強制力がないため、引き離されている親と子どもは子どもと同居している親の都合により簡単に断絶される。

「結婚生活で揉めて、妻が『実家に帰らせていただきます』と子どもを連れて出て行ってしまうのは、日本では昔からよくあることだった。出て行かれる側は相当ひどいことをしたんじゃないの、それならまあ仕方がないよね、といったような偏見が未だ根強い。しかし、一方の親が他方の親の同意なく子どもを連れて家を出ていくことは、未成年者誘拐罪にあたる。それにもかかわらず、警察も弁護士も裁判官も調査官までもが、原則論を無視し、また、例外的に正当化される事由の有無を一切検討することなく、法的な正当化根拠を曖昧にしたまま、連れ去りや親子の引き離しを容認しているんです」(栗原弁護士)

関連する投稿


ミツカン「種馬事件」、再び、敗訴|西牟田靖

ミツカン「種馬事件」、再び、敗訴|西牟田靖

2013年、中埜大輔さんは、ミツカンの創業家出身のオーナー経営者である中埜和英会長の次女、聖子さんと結婚、翌年には男の子が誕生した。だが、彼の人生は義父母によって破壊された。生後4日目の子供を義父母の養子に差し出すよう強要されたのに始まり、別居の命令、離婚の強要、親子引き離し(実子誘拐)を目的とした日本への配転、告発報道の取材に応じたことを理由に即日解雇――。まるで中埜一族に「種馬」のように使われ、放り出されたのだ。


今回の韓国への措置は日本の外交史上、例を見ない汚点|和田政宗

今回の韓国への措置は日本の外交史上、例を見ない汚点|和田政宗

日本外交には理念があるのかと疑問に思う事態が続いている。外交上の大チャンスを逃したり、詰めるべき点を詰めない「なあなあ外交」が行われている――。


【赤いネットワークの闇】仁藤夢乃の師匠と〝西早稲田〟|池田良子

【赤いネットワークの闇】仁藤夢乃の師匠と〝西早稲田〟|池田良子

〝西早稲田〟をはじめとする赤いネットワークの危険を察知していた安倍元総理。だが、自民党議員の多くは無関心か無知である。北村晴男弁護士は言う。「詐欺師に一見して『悪い人』はいない。『いい人』だと思われなければ人を騙すことなどできないからだ」。(サムネイルは仁藤夢乃氏twitterより)


【ファクトチェック最前線「特別編」】共同親権の核心を〝報道しない自由〟|新田哲史

【ファクトチェック最前線「特別編」】共同親権の核心を〝報道しない自由〟|新田哲史

虚偽事実にしろ、偏向報道にしろ、オモテに出ている〝ファクト〟は検証しやすい。しかし世の中には、メディアが存在をひた隠しにするファクトも。ネットでは「報道しない自由」と揶揄するが、最近筆者がその対象になっていると感じるのが共同親権の問題だ。


親権制度はイギリスを見習え!|デービッド・アトキンソン

親権制度はイギリスを見習え!|デービッド・アトキンソン

後を絶たない実子誘拐の被害。どうすれば、止められるのか。 そのヒントは、イギリスの親権制度にあった!


最新の投稿


【今週のサンモニ】「サンモニ」の”恐喝”方法|藤原かずえ

【今週のサンモニ】「サンモニ」の”恐喝”方法|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


「子供1人生んだら1000万円」は、とても安い投資だ!|和田政宗

「子供1人生んだら1000万円」は、とても安い投資だ!|和田政宗

チマチマした少子化対策では、我が国の人口は将来半減する。1子あたり1000万円給付といった思い切った多子化政策を実現し、最低でも8000万人台の人口規模を維持せよ!(サムネイルは首相官邸HPより)


【読書亡羊】出会い系アプリの利用データが中国の諜報活動を有利にする理由とは  『トラフィッキング・データ――デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞出版)

【読書亡羊】出会い系アプリの利用データが中国の諜報活動を有利にする理由とは 『トラフィッキング・データ――デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞出版)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


【今週のサンモニ】岸田総理訪米を巡るアクロバティックな論点逃避|藤原かずえ

【今週のサンモニ】岸田総理訪米を巡るアクロバティックな論点逃避|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


わが日本保守党|広沢一郎(日本保守党事務局次長)

わが日本保守党|広沢一郎(日本保守党事務局次長)

昨今の政治状況が多くの日本人の心に危機感を抱かせ、「保守」の気持ちが高まっている。いま行動しなければ日本は失われた50年になってしまう。日本を豊かに、強くするため――縁の下の力持ち、日本保守党事務局次長、広沢一郎氏がはじめて綴った秘話。